食料安全保障に資する
ブラジル農業法人への融資保険。
INTRODUCTION

2021年3月、日本貿易保険(以下略称・NEXI)はブラジル最大手の総合農業法人であるAmaggi社向けに株式会社三井住友銀行が組成した長期運転資金貸付に対して、「融資保険」の引受を決定した。
NEXIは2014年にもAmaggi社に対する融資保険を引き受けており(第一号案件)、今回紹介するのは当該資金のリファイナンスの要望を受けた第二号案件である。
我が国日本の食料安全保障に資する取り組み。しかし、その実現には幾多の困難な壁があった。
2014年当時、NEXIのユーザーの立場で第一号案件を牽引した山越千登勢と、第二号案件で関係者間の調整・交渉に奔走した今城健統が、本プロジェクトの全貌を語る。

PERSON
山越 千登勢Chitose Yamakoshi

営業第二部 インフラストラクチャーグループ長

2018年入社/外国語学部卒
1993年、さくら銀行(現・三井住友銀行)に入行。1999年には通商産業省(現・経済産業省)に出向し、NEXIの立ち上げにも携わる。その後三井住友銀行に戻り、NEXIのユーザーとして保険を活用したファイナンス業務に従事。
2018年、NEXI入社。2021年より現職。

今城 健統Taketo Imashiro

営業第二部 インフラストラクチャーグループ

2018年入社/文学部卒
新卒入社後、政策連携グループ(現・企画部企画グループ)に配属。所管官庁である経済産業省との折衝や調整、OECD会合等の国際会議対応に従事。2020年より現職。通信インフラや船舶、蓄電池等の分野に対する融資保険引受を担当する。

NEXI初の農業案件組成

プロジェクトは2014年に遡る。
当時、山越が所属していた三井住友銀行は、ブラジル最大手の総合農業法人であるAmaggi社とかねてから取引があった。Amaggi社は、ブラジル北東部に位置するマッドグロッソ州の農家から、大豆やトウモロコシといった穀物を買付・集荷し、海外のバイヤー向けに販売する事業を営んでいる。農家からの穀物買付や輸送を行うにあたり、常に多額の資金が必要となるため、これを賄う「運転資金」を必要としていた。
その内容は、2億米ドルに上る巨額の長期運転資金。この融資を実行するためには、カントリーリスクや信用リスクをカバーする融資保険の付保(保険契約を締結すること)は必要不可欠だった。
山越は三井住友銀行の行員として、NEXIに声をかけた。山越はNEXI立ち上げ時にNEXIに出向しており、NEXIの意義や目的を深く理解していた一人である。ユーザーという立場であったものの、NEXIと一致団結して案件組成に取り組んだ。
しかし、そこには多くの難題が待ち受けていた。

「NEXIにとって、融資保険における農業分野の案件は初めてで、業界に関する知見がありませんでした。そこで、Amaggi社と取引のある日本企業にヒアリングを行いながら理解を深めていきました。その中で、海外から輸入される大豆・トウモロコシが家畜飼料として使われていること、日本の畜産農家にとって飼料となる大豆・トウモロコシの安定調達が死活問題であることが分かりました。案件を実現する上で最も難しかったのは、NEXIが従来から得意としてきた資源・エネルギー案件とは商習慣が異なる点でした。資源・エネルギー案件では、長期取引契約を結ぶことで日本への資源の安定調達を確保することが一般的であるのに対し、農業の世界ではスポット(単発)での取引が中心。融資を通じて日本への安定的な穀物輸出をどのように確保するのか、その仕組みを構築する必要があったのです。日本の政府系機関であるNEXIからは、日本の裨益を確保するため、資源・エネルギー案件同様に日本に対して一定量の穀物輸出をコミットすることを求められました。」(山越)

しかし、Amaggi社は日本に対して一定量の穀物輸出を義務付けられることでビジネスに制約を受けることを避けたいと主張し、交渉は難航。そうした中でも、NEXIと三井住友銀行は協力してAmaggi社と交渉を重ね、最終的には、融資契約の中で一定量の穀物輸出を義務付けることで決着した。
農林水産省からも本案件が意義のある取り組みだと高く評価された。そして、NEXIによる農業分野に関する融資保険のスタンダードとなる案件となった。

第二号案件の組成

第一号案件が2020年9月に満期を迎えるにあたり、Amaggi社から再び融資保険付保の要請があった。同年初頭のことである。担当となったのは、政策連携グループから異動してきたばかりの今城だった。
しかし社内での見方は厳しいものがあった。というのも、この間に他の農業案件において、債務不履行による保険事故が発生していたからだ。加えて、NEXIには再融資という「借り直し」を認める習慣がなく前例がない取り組み。経済産業省も本件の政策的意義、日本にもたらされるメリットについて懐疑的だった。
Amaggi社とも、社内及び経産省からの見方が厳しいことを伝えつつ、どうすればこうした指摘を乗り越えることができるか協議する必要があり、案件組成に向けて、今城は四面楚歌の状況だった。

「他の農業案件で債務不履行の事態に陥ったのは、私たちが予見もしていなかった海外取引のリスクでした。したがってAmaggi社に対しては、債権保全策がしっかりとしたものか、その点を強く要請しました。」(今城)

しかし、提案した対策は穀物取引のマーケットにおいて一般的ではなく、Amaggi社としては商習慣に反する義務を課される条件を呑むことはできないと交渉は難航。検討途中ではDeal Break※になりかけたものの、Amaggi社は穀物企業として世界的なプレゼンスがある優良企業であるとともに、日本にとっても非常に重要な企業であるという強い信念をもって、今城は粘り強い交渉を継続し、一定の理解・納得を得ることができた。
※Deal Break:取引破綻・不成立を指す

「社内では主に審査部と意見交換・協議をしながらAmaggi社の信用力審査を実施。社外においては経済産業省や農林水産省と本件の政策意義に関して議論を重ねました。Amaggi社との質疑応答から、借入人であるAmaggi社の事業実態に係る情報収集や審査、融資契約に盛りこむ条件の策定を検討していきました。」(今城)

今城は交渉にあたり、“相手が何を考え、どこにこだわっているかを理解する”ことを心がけた。社内外の関係者それぞれに譲れないポイントと着眼点がある。合意形成に向けて着地点を見出すことを地道に進めていった。
最終的には、Amaggi社が今城の提案を受け入れたことが、社内外への大きな説得材料となった。そして、第一号案件同様、融資期間にわたる一定量の日本向け穀物輸出義務、さらに緊急時に日本向け輸出を最大限考慮するよう義務づけることで、日本の食糧安定調達に資する案件として成立した。
また穀物の大部分を輸入している我が国にとって、Amaggi社との連携を強化し、輸入先の多角化を進めたことは、食料安全保障の観点からも政策に合致するものとなった。

次の意義を見出すために

一号案件をユーザー側の立場でNEXIとともに組成した山越は、当時農林水産省の担当者から、「日本の食糧安全保障政策に貢献する意義深い案件だ。よくやってくれた、ありがとう」という感謝の言葉をもらい、胸が熱くなったことを覚えている。その点は二号案件を成立させた今城も同様だ。“感謝の言葉をいただく”ことにこの仕事のやりがいを実感している。
保険というツールを駆使して食糧(飼料)の安定調達を実現し、日本の畜産農家に寄与する。それは政策課題の解決に資するものであり、ひいては日本国民への貢献に繋がっていく。
今後、山越らはどのような取り組みを進めていくのだろうか。

「これまでNEXIは化石燃料を中心とするエネルギー案件をはじめとした重厚長大の引受が中心でしたが、世界的な脱炭素の潮流の中で、化石燃料案件が今後減少していくと見込まれます。そのため、私たちインフラストラクチャーグループが担当する非エネルギーセクターでの引受を増やし、今まで以上に幅広い日本企業と関係を構築しながら、政府系金融機関としての存在意義を打ち出していく必要があります。そのなかでも注力していきたい分野が新しい技術やビジネスモデルを創出するスタートアップ企業。新分野における事業リスクやスタートアップ企業の信用リスクをどうすればカバーできるのか。NEXIとして、新たな仕組みや分析手法を確立していくことで、具体的な案件引受に繋げていきたいと考えています。」(山越)

今城もまた、次のように語る。
「今回の案件でも指摘したように、私たちの仕事は関係者との交渉を重ねながら、合意形成の着地点を見出していくことです。それ自体には大変さもありますが、自分でコントロールしながら進めていく手触り感に仕事の魅力があり、面白さを実感しています。さらにNEXIはコンパクトな組織であることから、希望する部署で自分がやりたいことを実現できる。私もわずか新卒入社3年目で今回の大型案件の担当となりました。やる気さえあれば、若くして責任ある仕事を任せてもらえます。それが日本や日本の人々への貢献に繋がっていくことに、仕事の醍醐味があると感じています。」(今城)

今城が指摘するNEXIの風土が各職員の成長を促し、それが融資保険をさらに進化させ、貿易保険そのもののバリューを高めていくことは間違いない。