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西バルカン:更なる成長に向けた今後の展望

    

審査部カントリーリスクグループ 加納 有莉1

【地図】バルカン諸国のEU加盟状況
【地図】バルカン諸国のEU加盟状況
出典:各種資料をもとに著者作成

 EUは「西バルカン」諸国の定義を、「旧ユーゴ諸国とアルバニアを含めた国のうちEU未加盟の6カ国」として、アルバニア、ボスニア・ヘルツェゴビナ、コソボ、北マケドニア、モンテネグロ、セルビア(右図の水玉部分)を挙げている。これらの国々にとってEU加盟は経済発展のための必要不可欠なステップであるとともに、EUにとっても同地域を支援することは欧州全体の安定化に繋がる。
 本稿ではこの定義に従い、西バルカン諸国の近年の経済動向、EU加盟への見通しについて考察する。

1. 近年の経済動向

 内戦終結以降、西バルカン諸国はEUへの経済活動によって成長の道を歩んできた。この20年の間に実質GDPは地域全体でおよそ2倍の規模まで拡大し、2019年における各国のGDPに占める財輸出の割合は平均27%で、北マケドニアでは40%超にのぼる。それら輸出先の84%はEU向けとなっている2。さらにビジネス環境の改善も見られ、世銀のビジネス環境ランキングによると、各国とも直近10年間で平均約20位順位を伸ばした(コソボを除く3)。ビジネス環境の改善は失業率の低下(図1)、更にはFDI流入の増加に繋がっている(図2)。日本でも同地域への経済・社会改革の支援が推進されており、政府発表の「西バルカン協力イニシアチブ」(2018年)の下日本企業の自動車・機械分野での製造業への投資も見られる。ただし同地域へのFDI全体の割合では、約7割をEUが占めており、貿易・投資の両面からも西バルカン諸国の経済はEUと密接に関連していることがわかる。

図1:失業率(点線)は減少し、GDP成長率は増加傾向
弊社社長黒田による冒頭挨拶

図2:ビジネス環境の改善と共にFDI流入は増加傾向
図2:油価(ブレント)の推移

(出典):IMF、世銀の各種資料をもとに筆者作成

 現時点でGDP成長率は西バルカン諸国平均3.2%(2019年)から3.8%(2021年)へと微増していく見込みだが、世界貿易が縮小する中、EUに依存した輸出牽引型の経済には脆弱性が残る(図3)。IMFは西バルカン諸国の貿易環境が未だ完全に開放されていないこと、労働力を要する競争力の低い製品が多いことが、他の中・東欧諸国(NMS4)に比べ低賃金で労働力を確保できるにもかかわらず潜在能力を活かしきれていない原因となっていると指摘する5。また世銀は、2019年以降もFDI流入は増加傾向が見込まれるものの、輸出関連分野での新規投資の多くが2018年にピークを迎え、今後投資対象は不動産、リテールといった直接外貨収入に寄与しない産業へ流れると予測する6。現在、全ての西バルカン諸国が平均6.3%の経常赤字を抱えており、アルバニア、北マケドニア及びセルビアは経常赤字の全額をFDIで賄えているが、今後輸出関連のFDIが減少した場合は対外債務の増加が懸念され、現在の経済成長は不確定要素を含んだものであると理解できる。

図3:西バルカンの貿易量はEUの貿易状況に連動(貿易量の前年比)図3:西バルカンの貿易量はEUの貿易状況に連動(貿易量の前年比)
出典:IMF、世銀の各種資料をもとに著者作成

2. 今後のカギとなるのはEU拡大路線の行方

 現在全ての西バルカン諸国がEU加盟を目標として掲げている。これはEU市場への完全なアクセスが可能となること、EUからの補助金をインフラ整備や社会制度改革に充てられるといった経済的なメリットが背景にあり、現在アルバニア、北マケドニア、モンテネグロ及びセルビアが加盟候補国として加盟に向けた本交渉を行える段階にあり、コソボ及びボスニア・ヘルツェゴビナが潜在的加盟候補国となっている(地図)。
 EUの西バルカン政策は1999年、安定化・連合化プロセス(SAP)の開始によって幕開けた。2003年には欧州委員会(以下EC)会合にて西バルカン諸国の統合がEU拡大政策の最優先事項として設定され、さらに2018年の「西バルカン戦略7」の発表 (2月)及び西バルカンサミット(5月)の場において同地域のEU統合の必要性が再確認された。現時点で旧ユーゴ諸国の中ではスロベニア(2004年)、クロアチア(2013年)がEU加盟を果たしており、加盟候補国のうちアルバニアと北マケドニアを除いた3カ国にて加盟本交渉が行われている。
 しかしこの本交渉を巡り、近年EUの拡大方針に陰りが見えている。2019年5月、ECは本交渉が開始されていない上記二カ国に関して交渉を開始するよう各国に勧告した。交渉入りには全EU加盟国の同意が必要だが、各国の足並みは揃わず結論は先送りとなった。拡大に慎重な姿勢を示したのはフランス、デンマーク、オランダで、移民の流入を懸念すると共に、右派政党が勢力を伸ばしているという各国事情も抱える。一方ドイツ、イタリア、オーストリア、東欧諸国は拡大推進を支持しており、バルカン地域に影響力を拡げる中国・ロシアを牽制したい思惑がある。そのような中、ECは拡大手続の見直し案を公表し (2020年2月)、加盟候補国の改革の進捗状況によって加盟国に交渉を停止させられる権限と、加盟前でもEUからの投融資が受けられるという内容を盛り込んだ。これは本交渉を停止できるオプションを留保することで、EU拡大に反対するフランス等を説得し、加盟候補国二カ国の本交渉開始を促す狙いがある。

3. おわりに

 先送りとなった本交渉開始にかかる協議は2020年5月に開催予定で、ここでEU内の足並みが揃うかどうかは、他の加盟交渉中の国々の今後の加盟動向及び中国・ロシア等の同地域への投資動向にも影響を及ぼすとみられる。今月中にECは西バルカン諸国について最新の調査書を公表することとなっており、仏マクロン大統領は、その結果次第では拡大反対を取り消す準備もあるとしている。
 ただし、EUが現在抱える問題は多い。先日のイギリスの離脱に始まり、ユーロ圏経済の浮揚の手立てを講じる必要性、さらに難民問題―今月初めにトルコは、シリア北西部での内戦激化によって難民のEU越境を容認した―への対応など、喫緊に取り組まねばならない課題は山積みである。
 西バルカン諸国の経済は現在ポジティブな成長を記録しているが、その成長は今後のEUの方針に左右されるという不確定要素を抱えている。同地域の今後の経済成長を考える際は、EU加盟が円滑に進まない場合のシナリオも考慮した上、中長期的なリスク判断が必要となる。

(2020年3月5日記)



1 本カントリーレビューの中の意見や考え方に関する部分は筆者個人としての見解を示すものであり、日本貿易保険(NEXI)としての公式見解を示すものではありません。尚、信頼できると判断した情報等に基づいて、作成されていますが、その正確性・確実性を保証するものではありません。

2 欧州連合統計局データより。

3 コソボ(2008年に独立宣言)は2014年からランキングに参加。

4 新規加盟国(NMS)とは2004年と2007年にEU加盟を果たした国々で、ここではブルガリア、クロアチア、チェコ、エストニア、ハンガリー、ラトビア、リトアニア、ポーランド、ルーマニア、スロバキア及びスロベニアを指す。

5 “Lifting Growth in the Western Balkans : The Role of Global Value Chains and Services Exports”, IMF, 11.2019

6 “Rising Uncertainties, WESTERN BALKANS REGULAR ECONOMIC REPORT No.16, ”, World Bank, 2.2019

7 “A credible enlargement perspective for and enhanced EU engagement with the Western”, European Commission, Strasbourg, 2.2018

    
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