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カントリーレビュー

    

カタール:危機から2年半、変化の兆しと今後の展望

    

審査部カントリーリスクグループ 加納 有莉1

 2017年6月5日、カタールはサウジアラビア、UAE、バーレーン、エジプトの4カ国(以下、カルテット)を中心とする周辺諸国より、テロ支援等を理由に外交関係の断絶や引き下げを宣告された(通称「カタール危機」、図1)。断交当初、国家の債務不履行リスクを示す指標であるCDSスプレッドは1か月で約60%の急騰を見せ(図2の①)、周辺諸国からの経済封鎖によってインフラ資材や食料品輸入の供給が滞った。かかる混乱を受け、格付会社S&P社とFitch社はそれぞれ同国格付を引き下げた2。断交状態は今日に至っても継続しているが、2018年には財政黒字を達成する等現在のカタール経済は、むしろ安定した成長を歩んでいる。本稿では同国が危機を克服できた要因と、今後の展望について考察する。

図1 カタール危機関係国
図1 カタール危機関係国
(出典):各種資料をもとに筆者作成

1. ピンチをチャンスに変えた方向転換

 断交当初、カタールは二つの危機―①物資流入断絶の危機と、②カルテットによる同国銀行預金からの資金引き上げによる資金流出の危機―に直面した。①の危機に際し、カタールは海上封鎖によって寄港できなくなった海上輸送経路をオマーン経由に変更、2017年11月にはイラン・トルコと輸送協定を締結し、それまでサウジアラビアやUAEから輸入していたインフラ資材や食料品の調達先を振り替えた。また、オマーン経由の海上輸送との繋がりは、断交の直接的引き金となった「対カタール十三カ条要求3」内に、イランやトルコとの軍事協力の停止を求める項目があり、これに対し両国からカルテットに対する非難とカタールへの同情的姿勢が背景にあったと考えられる。また、これまで8割以上をサウジアラビアやUAEからの輸入に依存していた食料品に関しては、乳製品、鶏肉、野菜等食料自給率を上げる取組4がなされ、断交後に上昇した消費者物価指数(CPI)も18年以降は断交前の水準まで改善している(以下表)。

相手国別輸入額の推移/物価(CPI)の推移
(出典):カタール開発計画・統計省をもとに筆者作成

 ②の危機に関しては、断交直後にサウジ・UAE・バーレーンは協調してカタールの市中銀行から資金引き上げを行い、カタールの市中銀行の非居住者預金は11月末までに25%近く減少を見せた5。急激な資金流出に備えるため、同国中銀は外貨準備の切り崩しとカタール投資庁の保有する潤沢なソブリン・ウェルス・ファンドから資金供給を行い市場の安定性の確保に努め、その結果、上記預金残高は18年半ば頃には危機以前の水準まで回復、さらにCDSスプレッドと中銀保有の外貨準備高も危機発生以前の水準まで回復した(図2の②)。

図2 CDSスプレッドと外貨準備高の推移
図2 CDSスプレッドと外貨準備高の推移
出典):カタール開発計画・統計省、カタール中銀及び各種資料をもとに筆者作成

2. 断交に耐えることができたもう一つのファクターは、強みのLNG産業

 上記に加え、LNG産業の拡大が危機打開へのさらなるコンフィデンス要因にもなっている。カタールにとってLNGは輸出の4割以上を占める主要産業であり、LNG輸出量は世界一を誇る6。政府はLNG目標生産量を現在の年間7,700万トンから2027年までに1.26億トンへ増やすことを発表しており7、ペルシャ湾沖に位置する世界最大級のガス田であるノースフィールド8の、2005年以降約12年間続いたモラトリウム(開発自粛)を解除し、現在増産に向けた準備を進めている。また輸出の約15%を占める原油輸出に関しては、2018年12月にOPECからの脱退を宣言した。同国のOPEC諸国に占める原油輸出の割合はおよそ2%に満たないが、脱退によって協調減産の制約には縛られないことになる。

3. 雪融けに向かうか―イランが今後のポイント

 現在も断交状況は継続するも、今年に入り同国を巡る風回りにはやや変化が見えてきた。3月にUAEがカタールに対し同国貨物の海上輸送制限を解禁、7月にはヨルダンがカタールからの経済支援を理由に外交関係を正常化、また12月に開催されたカタールがホスト国を務めるガルフカップ(サッカー)には断交国も参加を表明した。さらに、12月10日にサウジアラビアで行われた第40回GCC会合には、カタール側は昨年の出席者よりも高位である首相が出席した。17年の断交がカルテットによって一方的に宣言されたということを踏まえると、19年以降は寧ろサウジアラビアを中心にカルテット側からカタールに歩み寄りの姿勢を見せているように窺える。サウジアラビアはイランとの緊張感が高まる中、イラン・カタールの接近を食い止めたいとの思惑があり、さらにOPEC諸国の国際市場に占めるシェア縮小への危惧から湾岸諸国間での大きな対立を避けたいと考え始めたことが背景にある。またカタールとしても、22年に控えたFIFAサッカーワールドカップ開催国として、周辺国とこれ以上の関係悪化は避けたいところである。
 一方、LNG増産に向けノースフィールドガス田の開発を急ピッチで進めるカタールは、サウスパルスガス田を持つ対岸のイランとの関係にも配慮する必要がある。断交が続く中、トルコからの貿易の中継地の役目を果たすイランとの関係を悪化させることは自らの首を絞めることにもなり得る。今後のカタール外交は、カルテットとイランとの距離間を保ちながらの難しい舵取りが迫られる。

(12月20日記)



1 本カントリーレビューの中の意見や考え方に関する部分は筆者個人としての見解を示すものであり、日本貿易保険(NEXI)としての公式見解を示すものではありません。なお、信頼できると判断した情報等に基づいて、作成されていますが、その正確性・確実性を保証するものではありません。

2 S&P社、Fitch社はともにAAからAA-へと格下げを行い、現在も同格付を維持している。Moody’s社は17年7月5日に見通しを「ネガティブ」へ引き下げたが、現在は「安定的」に引き戻している。

3 要求内容は国営メディア局アル・ジャジーラや関連機関の閉鎖等。10日以内に回答を要求するものであり、カタールにとっては受け入れ難い内容となっていた。

4 18年3月にカタール政府が発表した「五カ年開発計画2018-2022」において食料自給率の向上が目標に掲げられた。同国乳製品メーカーのバランダ・フード・インダストリーズ社は、断交後約4,000頭の乳牛を空路で輸入し乳製品の国内生産設備を拡張した結果、断交前は2割に満たなかった乳製品の自給率は現在100%を超え、今年に入り初めて乳製品の輸出が行われた(ロイター通信、2019年6月)。また地方紙Gulf Timesは、鶏肉に関しても自給率100%を達成したと報じている(19年3月)。

5 市中銀行の非居住者預金残高は1,846億QR(17年5月)から1,349億QR(同11月)まで減少した(同国中銀” Monthly Monetary Bulletin”)。

6 オーストラリアのLNG生産量はカタールに迫っており、月次では18年11月に初めてオーストラリアがカタールを抜き、輸出量第1位となった。尚、カタールは日本にとってLNG輸入の12%を占める第三位の輸入相手国である(18年)。

7 19年11月発表。また同国政府は24年までには1.1億トンの増産を目指すと発表している(18年9月)。

8 同ガス田はカタール領とイラン領に跨がっており、イラン側のガス田はサウスパルスフィールドと呼ばれる。仏TOTALがイラン国営石油会社と開発契約を締結していたが、18年8月に米国対イラン制裁を懸念しプロジェクトからの撤退を発表した。

    
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