文字サイズ

Webマガジン e-NEXI

カントリーレビュー

トルコ:通貨リラの最近の推移と当面の注目点

審査部カントリーリスクグループ 大村 瑠雅1

1. 2019年3月に入り、通貨リラは再び下落

 2018年8月に、トルコでは通貨危機が生じ、通貨リラの対ドルレートは2017年末と比べ36%下落した(「トルコ・ショック」の発生)2。その後、政策金利の引き上げ、米国との関係に改善が見られたことなどから、リラは増価に転じた(図1を参照)。
  しかし、2019年3月に入り、為替レートは再び下落傾向が続いた。2019年3月1日時点、1ドル=5.4リラ(図1のA)であったが、5月9日には1ドル=6.2リラへと同年3月以降の最安値を記録した(図1のB)。また、CDSスプレッド3についても3月1日時点で310b.p.(図2のC)であったが、5月29日にはピークの521b.p.に達した(図2のD)。この背景には、次の2つのイベントが関係している。

図1:リラの対ドルレートの推移
(図1)小選挙区における政党ごとの議席獲得分布

図2:CDSスプレッドの推移
図2:CDSスプレッドの推移
出典:各種資料よりNEXI作成。

(1) イスタンブール市長選のやり直しの決定

 3月31日に、トルコ全国で統一地方選挙が実施された。その結果、与党「公正発展党(AKP)」は多くの地方都市で勝利したものの、アンカラやイスタンブールなどの主要都市では敗北した。 イスタンブール市長選は長年AKP候補が制してきたこともあり、エルドアン政権はイスタンブール市長選の無効とやり直しにこだわり、これを最高選挙管理委員会に申請した。 AKPの影響下にある当委員会はこの申請を受理し、イスタンブール市長選を6月23日にやり直すことを5月8日に決定した。このようなAKPの強権的な手段は、通貨リラの下落とCDSスプレッドの上昇を招くこととなった。

(2) トルコ政府によるS400の購入表明

 3月に、トルコ政府はロシアからロシア製ミサイル防衛システム(S400)を購入することを表明した。これに対して、米国は7月31日までにS400の購入を取り消すようトルコ政府に要請するとともに、この要請に応じず、トルコ政府がS400の購入に押し切った場合、米国政府は対トルコ制裁を実施することを示唆した。 背景には、米国は、トルコがS400のオペレーションを開始することで、米国製F-35戦闘機の情報がロシアに漏洩することを懸念していることがある4

 この期間、為替レートの安定化に向け、同国中銀は市場介入を行ったことから外貨準備高(グロス)5は2019年3月1日時点の791億ドル(輸入の約5.1ヶ月:図3のE)から5月17日には717億ドル(同4.6ヶ月:図3のF)へと減少した。 市中銀行の外貨準備預金を除いた“ネットの外貨準備高”を見てみると、2019年2月28日時点の139億ドル(輸入の0.9ヶ月:図4のG)から5月17日には136億ドル(同0.9ヶ月:図4のH)へとベンチマークの輸入の3ヶ月を下回る水準で推移した。

図3:外貨準備高(グロス)の推移
図3:外貨準備高(グロス)の推移

図4:外貨準備高(ネット)の推移
図4:外貨準備高(ネット)の推移
出典:各種資料よりNEXI作成。

 トルコ政府にとって、通貨リラの大幅下落とCDSスプレッドの上昇はどうしても避けたい事情がある。というのも、同国の民間セクターは巨額な対外債務を抱えているからである。2018年の対外債務の返済総額は1,740億ドルであった(EIU:2019年8月)。 IMF(2018年4月)によると、その約90%は民間セクターによる返済で構成されている。さらに、この民間セクターの返済の約70%は短期債務であった。このような課題を抱える中、為替レートの下落とCDSスプレッドの拡大が継続すると、民間企業(特に、収益が通貨リラ建ての企業)の対外債務返済負担は増大し、バランスシートの悪化を招きかねない。 さらには、これらの企業へ貸出を行っている銀行の不良債権額が増加し、“金融危機”を引き起こす恐れが出てくる。

2. 7月以降、通貨リラは概ね安定化に向かう

 7月以降、次のイベントがあったものの、為替レートとCDSスプレッドは大幅な変動を示さなかった。現在(9月4日時点)の為替レートは1ドル=5.7リラ、CDSスプレッドは400b.p.近辺で推移しており、外貨準備高は8月23日時点で768億ドル(輸入の約5ヶ月)まで回復している。(上記図1~3を参照)6

(1) 6月23日のイスタンブールのやり直し市長選挙

 やり直し市長選挙の結果、与党AKP候補は再び敗北した。AKP候補が再度敗北する場合、エルドアン政権は選挙結果を無効にする措置を取ると事前に見られていたが、予想に反し、エルドアン大統領は当結果を受け入れた。このこともあり、同選挙後、デモなどの混乱は生じなかった。

(2) 中銀総裁の更迭と政策金利の大幅引き下げ

 7月6日に、エルドアン大統領はチェティンカヤ中銀総裁(当時)を更迭した。これまで、エルドアン大統領は政策金利の引き下げを要請していたのにも関わらず、チェティンカヤ氏がこれに従わなかったことが更迭の理由であるとされている。 その後の7月24日の政策金利会合において、同国中銀は政策金利をこれまでの24%から19.75%へと大幅に引き下げた。 中銀総裁の更迭は中銀の独立性に対する懸念を強めることとなったが、6月19日に米国の米連邦準備理事会(FRB)が利下げを示唆し、新興国の起債環境が改善したこと、及びインフレ率が低下傾向にあったこと7もあり、為替レートとCDSスプレッドは大きな反応を示さなかった。

3. 今後の注目点...米国の対トルコ制裁

 今後の注目点は、S400問題にかかる米国の対トルコ制裁の実施である。
 トルコの大手メディアHurriyet Daily News(2019年8月27日)によると、トルコ政府は既にS400を購入済みであり、2019年7月12日~25日にかけて、ロシアからトルコへ第1回目のS400の部品の搬入が行われた。また、8月27日には第2回目の搬入が行われ、残りの部品も随時トルコへ届けられることとなっている。S400のオペレーションの開始は2020年4月に予定されている。 トルコ側の準備が進められているにも関わらず、上記米国制裁の実施は遅れている。その理由のひとつは、米議会は当制裁を実施したい考えがある一方で、トランプ大統領は当制裁の実施に消極的であることによる。 2019年6月のG20大阪サミットにおいて、トランプ氏はエルドアン大統領と会談した際、トルコ政府がS400を購入せざるを得なくなった原因はオバマ前米国政権にあると発言し、繰り返し当制裁実施について消極的な姿勢を示した。
 しかし、米議会の強い圧力により、上記の対トルコ制裁はいずれ実施されるという声が多い。ただし、実際に当制裁が実施されたとしても、経済に与える影響は限定的であると見られている。当制裁は、「米国敵対国家対抗法(CAATSA)」の第231条に基づいて実施されると見込まれている。 当規程には、ロシア国防省など、同国の軍事分野関連の組織等と取引などを行った個人・組織に対して制裁を課すことが定められている。よって、仮に制裁が実施されたとしても、その対象はトルコ国防省に留まり、同国の金融セクターは対象外となるため、同国経済への影響は小さいのではないかと言われている。
 当制裁の実施を巡り、色々な分析が見られるが、現時点で、上記制裁の実施のタイミングと内容は明らかとなっていない。今後、どのような制裁が実施されるのかが注目される。

(2019年9月6日記)


1 本カントリーレビューの中の意見や考え方に関する部分は筆者個人としての見解を示すものであり、日本貿易保険(NEXI)としての公式見解を示すものではありません。なお、信頼できると判断した情報等に基づいて、作成されていますが、その正確性・確実性を保証するものではありません。
2 これについて詳細は、e-NEXI(2018年10月号)のカントリーレビューを参照。URL:https://www.nexi.go.jp/webmagazine/mt_file/e-nexi_2018_10.pdf
3 本稿では、5年物の米国債に対する5年物のトルコ国債のCDSスプレッドを用いている(図2)。
4 トルコは1952年に、北大西洋条約機構(NATO)に加盟。NATOの加盟国にはF-35戦闘機が配備されている。
5 この外貨準備には市中銀行の外貨準備預金が含まれている。
6 トルコ中銀は、6月30日(135億ドル)を最後に、“ネットの外貨準備高”を公表していない。
7 2018年12月の消費者物価指数(CPI)は前年同月比20.2%であったが、2019年6月のCPIは16%と低下した(EIU:2019年9月)。

ページの先頭へ