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カントリーレビュー

インド:モディ首相圧勝の背景と今後の課題

審査部カントリーリスクグループ 加納 有莉1

 2019年4月11日から5月19日にかけて、約9億人の有権者を巻き込む5年に一度の総選挙(下院選)が行われた2。開票の結果、インド人民党(BJP)を率いるナレンドラ・モディ首相が勝利を収め、今後5年間の政権を担うこととなった。BJPはデリー首都圏をはじめ、主要な州の多くで勝利し(図1参照)、単独で下院議席数543の過半数を上回る303 (連立諸政党を含めると353) 議席を獲得した。一方で、野党第一党の国民会議派(INC)は、前回から12議席増の僅か52議席(連立諸政党を含めると92)に留まった。今回の圧勝は、30年ぶりの歴史的快挙と言われた前回選挙結果の282議席(連立諸政党を含めると336)を上回る圧勝となった(図2参照)。
 しかし、圧勝はしたものの、モディ政権の過去5年間の実績が期待値を上回るものではなかったとの批判や、その政策実行能力を疑問視する意見も存在する。今回のカントリーレビューでは、モディ首相圧勝の背景と今後の課題、特に製造業改革について概観する。

(図1)小選挙区における政党ごとの議席獲得分布
(図1)小選挙区における政党ごとの議席獲得分布
(出所):インド選挙管理員会(2019年6月)資料をもとに筆者作成

(図2)下院における 与・野党獲得議席数
(図2)下院における 与・野党獲得議席数
(出典):各種資料をもとに筆者作成

1. モディ首相圧勝の背景

 圧勝の背景には、(1)第一次政権時(2014年5月~2019年5月)に行った諸政策が一定の評価を得られたこと、及び(2)選挙直前に行ったカシミール地方での対パキスタン報復攻撃が、後述する経済問題に対する有権者の不満を一時的に払拭したことがあった。後者については、報復攻撃を行ったことで、モディ首相は自身を「強い指導者」として作り上げることに成功し、国民からの支持を獲得できた。
 第一次政権時にモディ首相が行った代表的な諸政策として、(1)インフレの抑制に向けた金融引締め(図3参照)、(2)外資規制緩和(2016年)、(3)ブラックマネーの排除・腐敗の撲滅に向けた高額紙幣の交換(2016年11月)、(4)経済活動の円滑化に向け、州ごとに異なる各種間接税を全国で整理し、物品・サービス税(GST)を導入(2017年7月)したことなどが挙げられる。
 高額紙幣の交換に関しては、当時の流通紙幣の約9割を占めた高額紙幣15兆4,100億ルピー分が一挙に廃止され、銀行窓口を通して新紙幣に交換された3。旧紙幣の交換に銀行が関与したことで、銀行の資産の増加と電子決済の拡大、そして決済取引の透明性を高める効果をもたらした。
 また、物品・サービス税(GST)の導入に関しては、17種類の間接税が整理されたことで(5,12,18,28%の4種類の税率に集約)、手続の簡素化だけでなく、二重課税も回避できるようになった4

(図3)政策金利とインフレ率(%)
(図3)政策金利とインフレ率(%)
(出典):各種資料を基に筆者作成

2. 高成長のカギを握る製造業改革

 一定の評価が得られたものの、第一次政権時において達成できなかった経済課題も残った。(ⅰ)後述する「メーク・イン・インディア」の推進とそれに向けた労働法や土地収用法の改正、(ⅱ)破産法(IBC)に基づく破綻企業の迅速な処理、(ⅲ)経営不振に陥った国営企業の民営化や統合、(ⅳ)低迷する個人消費の引き上げ、(ⅴ)財政赤字の削減などである。
 このような経済課題を抱える中で、第二次モディ政権が最優先で取り組むべき課題は、製造業改革であると思われる。2014年5月の就任時の公約のひとつに「メーク・イン・インディア」があった。これは、インドが世界において製造業の生産拠点となることを目指した公約であったが、これについては思うような成果が残せなかった。製造業のGDPに占める割合を16%から2025年までに25%に引き上げることを目標に掲げていたが、現状では16.9%(2019年)となっており、目標達成にはほど遠い状況にある(図4参照)。また、公約では、2022年までに製造業において1億人の雇用創出を目標として掲げていたが、これも達成できず、失業率は上昇傾向にある。6年ぶりに行われた2018年の労働力調査では、過去45年間で最も高い水準となる7.1%(都市部男性)の失業率を記録した(図5参照)。
 このような目標値達成を阻む原因は、製造業振興に関連する法整備の遅れにある。具体的には、(1)解雇を自由に行えないなど柔軟性に欠けた労働法の存在が、雇用拡大と効率性の高い部門への労働移動を阻害した。また、(2)土地収用法の縛りによってインフラ用地取得が進まなかった。
 公約達成のためにはこれらの規則の撤廃が必要であったが、ここにインド国内の法改正の構造的な難しさが立ちはだかる。二院制のインドでは、主要な法案の成立には両院での可決が必要であるが、現状では与党が上院で過半数割れの状態にある。過去、労働法と土地収用法の改正法案は、与党が多数派を占める下院において審議・可決されたが、「ねじれ」状態にある上院では、野党の反対に遭い、最終的に成立しなかった。
 モディ首相は失業率の上昇を受け、第二次政権の発足直後に雇用創出策と成長戦略を検討する二つの内閣委員会を立ち上げ、この問題に取り組む姿勢を明らかにしている。

(図4)GDPに占める製造業の割合(%)
(図4)GDPに占める製造業の割合(%)
(出典):各種資料を基に筆者作成

(図5) 失業率の推移(%)
(図5) 失業率の推移(%)
(出所):インド統計省年間レポート(PLFS、2019年5月)
をもとに筆者作成

3. おわりに

 モディ首相の圧勝は、課題が山積みの現状を打破できるのはこれまで大胆な改革を押し進めてきたモディ首相しかいない、という国民の声を反映したものと思われる。2022年までに、上院議席の3分の1以上が改選される予定で、改選後は与党議席数の増加が見込まれている。その時点で、与党は上院で過半数を超えるのではないかという予測も報じられており、与党にとっては好ましい環境が整う。今後、製造業改革法案が前進するかどうかが注目される。

(7月5日 記)



1 本カントリーレビューの中の意見や考え方に関する部分は筆者個人としての見解を示すものであり、日本貿易保険(NEXI)としての公式見解を示すものではありません。なお、信頼できると判断した情報等に基づいて、作成されていますが、その正確性・確実性を保証するものではありません。
2 インドは連邦共和制を採用しており、国家元首は大統領であるが、実質的な行政権は首相と内閣が握っている(大統領は首相を長とする内閣府の助言に従って行政権を行使することが憲法第53条で定められている)。議会は上院(定数245名、任期6年)と下院(定数543名、任期5年)からなる二院制を採用。上院議員は各州の代表で間接選挙によって選出され、2年おきに3分の1が改選される。下院議員は国民による直接選挙で選出され、5年ごとに選挙が実施される(前回は2014年)。
3 当時流通していた高額紙幣の500ルピー紙幣と1000ルピー紙幣は廃止され、新たに発行された500ルピー紙幣と2000ルピー紙幣に交換された。この措置により、約99%の高額紙幣が交換された。政府当局は高額紙幣の交換を行うことで、ブラックマネー(非合法な経済活動で生み出された政府の把握できていない不正資金)を締め出せると考えた(多額の交換の場合は銀行での説明が求められた。このため、ブラックマネーを保有している者は高額紙幣の交換に応じないと想定されていた)。しかし、当局の予想に反して、多くの者が高額紙幣の交換に応じたため、ブラックマネーの排除については十分な成果を得られなかったとの指摘もある。
4 ただし、課税対象毎に取り扱いが異なったため(生活必需品には免税、奢侈品には目的税が追加で課税される等)、各産業が享受できる恩恵は一律ではなかった。

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