債権国会合(パリクラブ)

パリクラブとは

パリクラブの意義

パリクラブはいつ、どのように誕生した?

1956年、アルゼンチンの延滞対外債務の繰延(債務の履行が行えるようにその返済条件を変更して、将来に繰り延べることです。以下「リスケ」といいます。)を話し合うため、債権国がパリに集まったのが始まりです。

その後も、国際収支の悪化等で累積債務問題に直面したアフリカ、中南米諸国を中心にリスケの要請が頻繁に行われ、80年代に入ると、数多くの債務国に対してリスケが行われました。この頃、現在のパリクラブと呼ばれる運営形態が確立されました。

パリクラブの役割

国際収支状況の悪化により、対外債務の返済が困難となった債務国に対する救済方法としては、IMF・世界銀行等の国際機関の融資による支援、ロンドンクラブ等の民間債権者グループによるリスケ、そして、公的債権者グループであるパリクラブによるリスケがあります。

パリクラブはIMF・世界銀行のような国際機関ではなく、各債権国の代表者による友好的かつゆるやかな集まりです。

また債務国への援助、経済協力を目的としたものではなく、債務国の経済事情を踏まえて、返済負担を軽減させ、返済しやすいリスケ条件を議論するところです。それは、窮乏した財政状況で資金繰りが滞っている中、対外債務を少しでも引き延ばし、IMF・世界銀行等の融資を前提に、経済の立て直しを図ることが望めるという債務国のメリットがある一方、対外債務の支払に十分な外貨を持ち合わせていない債務国から、長期ではあるが債権国間での公平性を担保しながら、債務国から確実に債権を回収することができるという債権国のメリットがあり、債権国・債務国双方の利害が合致したものがパリクラブとも言えるでしょう。